餡の歴史

「あん」は、もともと米や麦などで作った食物に穴をあけ、その中につめる中身のことを表しました。現在でも、肉まんやギョウザなどの中に入っている中身を「あん」と呼んでいます。

奈良時代に、初めて「あん」が日本の歴史に現れました。遣隋使や遣唐使によって、「団喜(だんき)」という唐菓子の中身として輸入されましたが、当時の「あん」は肉や野菜で、現在の肉まんの中身のようなものでした。

鎌倉時代から室町時代初期になると、現在のようなまんじゅうが輸入され、禅宗の教えや日本人の好みに合わせて、肉類の代わりに砂糖を加えていない塩小豆の「あん」が作られました。

室町時代の中期には、輸入された砂糖を生地に加えたまんじゅうや、塩小豆の「あん」に代わって砂糖を用いた小豆の「あん」が登場します。

江戸時代には、砂糖が国内でも生産され流通したため、現在と同じような砂糖を用いた「あん」が、一般の人にも広がっていきました。

明治時代には菓子の種類や菓子店の数も増え、大正時代には専門の製あん所、いわゆる「あんこ屋」ができ、昭和時代には製あんの機械化も進み、大量の「あん」が作られていきました。

まんじゅうの歴史

まんじゅうの歴史には、2つの系統があるといわれています。

ひとつは鎌倉時代の1241年、聖一国師が宋から帰朝し、博多の承天寺に住んでいたとき、近くの茶店の栗波吉衛門に宋で習い覚えたまんじゅうの製法を伝授し、虎屋饅頭として広まったものです。聖一国師は、博多祇園山笠のルーツにもなった僧としても知られています。

もうひとつは1341年、林浄因という中国人が奈良の二条に住み、まんじゅう製造業を始め、林氏を改め塩瀬氏と称し、塩瀬饅頭として広まった系統です。塩瀬氏、またはその子孫が、肉類の「あん」を豆類の「あん」に代用したと推察されています。

参考文献

『餡ハンドブック』鈴木繁男 監修、武井仁 編集、光琳書院、1975年

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